やきものの歴史を語るときに登場する「日本六古窯」って?

六古窯(ろっこよう)とは? 日本のやきもの文化を支えてきた6つの窯場

日本のやきものの話をするとき、よく耳にするのが「日本六古窯(ろっこよう)」という言葉です。
これは、平安時代の終わりごろから鎌倉時代にかけて始まり、今も続いている6つの歴史あるやきもの産地を指します。

「六古窯」という概念が生まれたのは1948年のこと。陶磁史研究家の小山冨士夫(こやま ふじお)さんが、日本のやきものの歴史を語る上で特に重要な窯業地として6つの産地を提唱したのが始まりだそうです。

この考えは、その後多くの陶芸家や研究者に知られるようになり、今では日本のやきもの文化を語るときに欠かせない言葉となっています。

六古窯の窯場は、土地ごとの土や釉薬(うわぐすり)、窯の形や焼き方に特徴があり、長い時間をかけて独自の技術が育まれてきました。そこから生まれる器や壺には、作り手の暮らしや地域の美意識が色濃く表れています。

※この記事で使用している画像はイメージ画像です。

六古窯が「日本遺産」に認定された理由

2017年、六古窯は文化庁から「日本遺産」に認定されました。
その理由は、単に歴史があるだけでなく、現代まで続く産地としての文化的価値が認められたからです。

六古窯の各地では、今も日常使いの器から茶道具、装飾品まで、多彩なやきものが生まれています。伝統を守りながらも、新しい表現や技術に挑戦し続ける姿勢が、国内外で高く評価されているのです。

六古窯一覧と特徴 – 6つの産地を紹介

瀬戸焼(愛知県)– 「せともの」の語源になったやきものの都

平安末期から鎌倉初期にかけて灰釉陶器の生産が始まりました。「せともの」という言葉が陶磁器の代名詞になるほど有名で、鉄釉や灰釉など多彩な釉薬が使われています。

代表的な作品には、青織部・志野・瀬戸黒などがあります。

常滑焼(愛知県)– 赤い急須と巨大な甕で知られる古窯

平安末期から鎌倉初期に始まり、中世には大きな甕(かめ)や壺(つぼ)が多く作られました。近代以降は朱泥(しゅでい)の急須が特に有名で、還元焼成による深い赤色が魅力です。

代表作品:朱泥急須・焼締め甕。

越前焼(福井県)– 自然釉が生む素朴な表情

鎌倉時代中期頃に始まりました。釉薬を使わない焼締め陶で、焼成中に自然にかかる灰のガラス質「自然釉」が特徴です。

代表作品:大甕・壺・水甕。

信楽焼(滋賀県)– 信楽狸と炎の景色が魅力

鎌倉時代中期に茶陶や生活雑器の産地として発展しました。粗めの土に含まれる長石が焼成で溶けて自然釉や焔色(ほのおいろ)という温かい色合いを生み出します。

代表作品:信楽狸の置物・茶壺・花器。

丹波立杭焼(兵庫県)– 中世の窖窯から近世の登り窯へと発展した歴史ある窯業地

鎌倉末期〜南北朝時代初期から続く産地で、当初は小規模な窖窯(あながま)で焼かれていた器も、やがて登り窯(のぼりがま)の導入により大量に焼けるようになり、素朴で重厚な器が作られました。

代表作品:大壺・徳利・茶器。

備前焼(岡山県)– 釉薬を使わない「土と炎の芸術」

鎌倉時代に始まり、釉薬や絵付けをせず、土と炎の力でできる模様(胡麻・緋襷・桟切り)を楽しむ焼締め陶です。

代表作品:花入れ・酒器・茶陶。

六古窯の楽しみ方 – 産地を訪ねるやきものの旅へ

近年では、六古窯の伝統を伝える展覧会やイベントが各地で開催されています。
例えば、愛知県瀬戸市の「せともの祭」では、陶磁器の展示や販売、作家による実演が毎年秋に行われ、多彩な作品を間近で楽しむことができます。

また、各産地には博物館や資料館も点在しています。

瀬戸市「瀬戸蔵ミュージアム」
岡山県備前市「備前焼伝統産業会館」

ここでは六古窯の代表的な作品をじっくり鑑賞できるだけでなく、制作の背景や歴史についても学ぶことができます。

さらに、産地には多くの窯元やギャラリーがあり、作品を購入することも可能です。実際に訪れることで、伝統の技術や地域文化の息吹を肌で感じられるのが魅力です。

まとめ – 六古窯は日本のやきものの原点

六古窯は、日本のやきもの文化を語るうえで欠かせない6つの産地です。
どの窯場も長い歴史と地域ならではの特色を持ち、今もその伝統を大切にしながら、新しい表現にも挑戦しています。

やきものに興味がある方も、これから知りたい方も、ぜひ六古窯の器に触れてみてください。
歴史、技術、そして土地の文化が息づくやきものとの出会いが、きっとあなたの感性を豊かにしてくれるはずです。

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